その容姿・構造から「ミニF1」と呼ばれたミニフォーミュラ(F-J・FJ360・FL500・FL550、FL-B)は1968年誕生以降急速に発展、コンストラクター・プライベーターを問わず多くの若者たちがマシン製作に情熱を注ぎ、リリースされたマシンの種類は100を優に超えた。

1968年8月25日、第3回富士TTレース ミニカーレースで初めて1台のミニフォーミュラが出走。

AUTOSPORT誌より

1968年11月3日、富士スピードフェスティバルでは4台のミニフォミュラが出走した。

AUTOSPORT誌より



隆盛を極めたミニフォーミュラであったが、1990年代前半には競争の過熱、FJ1600の登場によりその役目を終え終焉を迎えた。

 

しかし、当時の「熱」は消える事なく、FLをこよなく愛するオーナー達が埃をかぶったマシンをレストアしサーキットを走行、その数は年を追うごとに増加、富士スピードウエイや筑波サーキットではJCCA主催で、鈴鹿サーキットでは「鈴鹿レーシングレジェンドミーティング」と称しサーキット走行の場を継承してきた。


SUZUKA RACING LEGEND MEETING

JCCA FL500 RACE



ミニフォーミュラが生まれ、育った、1960年代末から1970年代、この時代は日本レース史の中でも、他に類を見ない途轍もなく稀有な時代であり、日本レース史の礎を作った時代と言っても過言ではない。

 

このホームページは、 FL500 の"軌跡"を記憶では無くまとまった記録として、点では無く線として、面として、レース遺産として残さなければならないとの思いで作成しました。

 

FaceBookグループ「FL倶楽部」とも連携し情報を転載しています。